芥川賞・直木賞発表記念 押さえておきたい芥川賞受賞作5選!

2021年7月14日、第165回芥川賞の受賞作が決定しました!

芥川賞かあー、直木賞にくらべてコムズカシそうなんだよなー

石沢麻依の『貝に続く場所にて』と李琴峰の『彼岸花が咲く島』が選ばれました。

直木賞が中堅作家の大衆エンタメ小説に与えられるのに対し、新進作家による、芸術的に優れた純文学に与えられる芥川賞。いかにも「文芸」といった感じで、ハードルが高そうに思えますが、意外にとっつきやすい小説もあります。

今回は、普段読書が趣味ではない方でも読むきっかけになりそうな、押さえておいたほうが良い、おすすめの作品をご紹介します!

遠野遥『破局』(2020)

最初は、昨年の受賞作、『破局』の紹介です。

主人公の陽介は私立大学の4年生。就職活動に勤しむ友達を尻目に、公務員試験の勉強中です。麻衣子という、政治家を目指す意識高い系の彼女と長く付き合っていますが、若干マンネリの関係になっています。体育会系の彼は、出身高校のラグビー部のコーチをしており、練習の後には毎回、監督の佐々木の家に呼ばれて夕食を御馳走になっていました。ある日、お笑い芸人を目指す友達が出演したライブで、大学一年生のあかりという女の子に出会います。

一人称で語られる「私」陽介は、一見は真面目な青年ですが、読み進めるうちに、ドライでサイコで自己中心的で、それなのになぜだかとにかく性欲が強いという、得体の知れない性質が見えてきます。

けれど、結局のところ彼は、「こういうときにはこうすべきだ」という、自分なりの正義に突き動かされているだけなんですね。その、彼が持つ論理・規範のようなものが、そのまま地の文に出てくるところが、本作をユニークにしている特長だと言えます。

作者の遠野遥は、1991年に神奈川県に生まれ、慶應義塾大学法学部を卒業しました。本作の陽介が通う学校のモデルも慶應大学だと読み取れます。受賞当時29歳、平成生まれとして初めての芥川賞受賞ということになります。父親が、後のビジュアル系バンドに多大な影響を与えたバンドBUCK-TICKのボーカル・櫻井敦司ということで知られています。

若いながらも、直接的な表現を使い、観念的なストーリーを淡々と語ることができる稀有な作家で、今後の活躍が期待されます。

上田岳弘『ニムロッド』(2018)

続いて、さらっと読みやすい作品、『ニムロッド』を紹介します。

システムエンジニアの「僕」中本は、務める中小企業の新事業として、ビットコインをマイニングする仕事を任されます。プライベートでは、パートナーの紀子と、お互いに結婚を考えるわけでもなく、良好でドライな関係を築いています。一方で、「ニムロッド」というニックネームで呼ばれる、名古屋在住の会社の先輩・荷室から、「駄目な飛行機コレクション」というメールが一方的に送られてきます。

ビットコインだって!なんだか最新だねえ〜

デジタルリテラシーに富んだ固有名詞が多用され、現代に生きている我々にとってはキャッチーで読みやすい文章で成り立っています。

その上で、結局飛ばなかったり、パイロットが生還できないように設計されたものなど、「駄目な飛行機」が象徴的に引用され、その一方で、「バベルの塔」の神話が重要なモチーフとなっているという、バランスよくオシャレな構造のある小説です。

作者の上田岳弘は、2013年に『太陽』で新潮新人賞を受賞しデビュー、2015年には『私の恋人』で三島由紀夫賞を受賞するという、新進気鋭の作家です。その一方で、2005年に立ち上がったソリューションメーカーの役員を担っています。

又吉直樹『火花』(2015)

これははずせないでしょう、ご存知『火花』です。

売れない芸人コンビ、スパークスの徳永は、熱海の花火大会で漫才を披露しています。どうせ誰も見ていない営業であり、やけくそになって演じていました。しかし、その後に登場した、先輩芸人・あほんだらの神谷は、「仇を取る」と言い放つと、ラディカルに大暴れします。常識にとらわれない度量に感服した徳永は、神谷に「弟子にしてください」と志願しますが、彼は、「俺の伝記を書いてくれ」と依頼します。

お笑い芸人・ピース又吉直樹の、初の長編小説。もともとが太宰治に心酔するほどの、文芸に精通していた又吉の、長編小説の処女作です。誰もが認めるベストセラーとなり、発行部数は芥川賞受賞作としては歴代1位に躍り出ました。

お笑い界という、ある意味派手で、一方で陰鬱とした世界において、若者特有の普遍的で繊細な心の揺れ動きが描かれています。神谷さんの奇抜さは、やはり実際にお笑いに携わっている又吉直樹だからこそリアリティを持って書けるのではないでしょうか。

本作は、2017年にNetflixでドラマ化され、また、板尾創路が監督を務めて、菅田将暉桐谷健太が主演となり映画化もされました。

川上未映子『乳と卵』(2007)

続いて、大活躍中の女流作家、川上未映子の受賞作、『乳と卵』をご紹介します。

大阪に住む、「わたし」の姉、場末のスナックで働くシングルマザーの巻子が、娘の緑子と一緒に、東京にやってきます。なんでも、豊胸手術を受けるのだといいます。思春期の緑子は、いっさい言葉を発さないことに決めたようで、筆談でしかコミュニケーションをとれません。わたしは親子を小さなアパートの部屋に泊めてあげるのでした。

作品ごとに文体が大きく変わる川上未映子ですが、本作では改行せず句点もなく、延々と続く語り口調が特長です。女性ならではの視点から描かれる身体性がテーマとなっていますが、一方で、家族に対する独特な感情に共感を得られる物語でもあります。

もともと歌手として音楽活動をしていた川上ですが、当時は全く売れませんでした。その後1度の離婚を歴て、現在は作家の阿部和重と再婚し、1児を設けています。

2007年に『わたくし率 イン歯ー、または世界』で坪内逍遥大賞奨励賞を受賞して作家デビュー、本作で芥川賞を受賞した以降も、『ヘヴン』(2010)、『すべて真夜中の恋人たち』(2011)、『夏物語』(2019)など、次々に長編小説を発表しています。村上春樹にインタビュー形式で対談をした『みみずくは黄昏に飛び立つ』(2017)も話題となりました

平野啓一郎『日蝕』(1998)

最後は、なんと言っても、平野啓一郎の『日蝕』です。

中世ヨーロッパ、僧侶のニコラは古代哲学を研究してフランスの各地を点々とし、ある村にたどり着きます。そこで、錬金術師のピエェルと出会います。彼は村民たちからは敬遠される存在でしたが、ニコラは興味を惹かれ、彼の家に通うことになります。ある日、村のはずれの森に入っていくピエェルの後をつけたニコラは、そこで思いも寄らないものを発見をするのでした。

懐古的な文体を多用したその語彙力に圧倒される作品です。一方でその内容といえば、錬金術や巨人、ホムンクルスなど、ファンタジー寄りの要素が多く、ラノベや漫画、ゲームのファンであれば、受け入れやすい世界観ではないのかなとも思えます。

平野啓一郎が、京都大学在学中、23歳のときに書き下ろした作品です。これは当時では、石原慎太郎や大江健三郎と並ぶ、最年少タイでの芥川賞受賞でした。(その記録は、その後、『蹴りたい背中』の綿矢りさや、記憶に新しい宇佐美りんの『推し、燃ゆ』で更新されています)

本作はその後発表した『一月物語』(1999)『葬送』(2000)と並べて、「ロマンティック3部作」と呼ばれました。その後、『顔のない裸体たち』(2006)といった実験作や、多数の短編を著したのち、自身で新書にて論じている「分人」という概念を背景とした、『決壊』(2008)、『ドーン』(2009)といった作品を、次々に発表します。

その一方で、『マチネの終わりに』(2016)では、すれ違う大人の恋愛を描き、福山雅治主演で映画化もされました。最新作『本心』も、近未来の死生観を描き、現在進行系で活躍する、日本を代表する作家の1人として活躍中です。

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